AsanagiSS Vol9 シチュエーション 「バレンタインとツンデレかなみ」 いつもと同じように登校し、教室に入るとどことなく普段と空気が違う気がした。 思わず、出入り口の所で足を止めてしまう。 「・・・」 ぱっと見、みんないつもと同じだ。 「・・・?」 とりたてて変化は無いと思う。 だが、こう、言葉では表現するのが難しいが、なんというのだろう、変な感じがする。 そう、この感覚を強いて言うなら、 「悪い予感」 ではなかろうか。 「悪い予感、ってなにさ?というかいつまでそこに突っ立ってるつもりよ?」 クラスメイトの山田からそう声をかけられて、我に返った。 どうやら、しばらく出入り口に突っ立っていたらしい。 「あっと、いや、ちょっとな」 だるそうな感じに席に座って声をかけてきた山田の問いにそう答えながら、自分の席に座る。 「何が、ちょっとなー、だよ、朝っぱらから湿気た面しあがって、湿気りたいのはこっちだっての」 山田はそう言って、ぐだーっ、と机に突っ伏した。 「あー、なんかテストとかあったっけ?今日」 そう俺が言うと、山田はすたっ、と上体を起こした。 「無いよ!無いよ!ぜんぜん無いよ!微塵も無い!くそう、いっその事、今日なんて、今日なんて、休みだったら良かったのさ!!」 山田は一通りおおげさな動作をつけてそう騒ぐと、再び机に突っ伏した。 「おい、なんだってんだ。山田?」 「・・・」 「・・・除湿剤ほしいか?」 「・・・」 だめだ。まったく反応が無い。 すっかり陸に揚げられたクラゲのごとくなった山田を見つつ、今日は一体何があるんだ?と考えてみる。 テストか?いや、山田はそんなものはない、と騒いでいた。 休みだったらよかった、といっていたぐらいだから、奴にとっていい事が無いのは確かだが・・・ だめだ、さっぱり分からん。 「わからんなー」 腕を組み、背もたれによりかかってみる。 すると、背中をバシッ、と叩かれた。 「いでっ!」 「おはよー」 そして聞こえてくるいつもの声。振り返るまでも無く、背中を叩いた本人が姿を現れた。 「お、かなみか」 おはよう、と手を上げて返す。 「何?何かあったの?腕なんか組んで、難しそうな顔して」 そう言いながら、かなみは自分の机にかばんを置いた。 声の主は、俺の前の席に陣取るかなみだ。 活発で、単純明快タイプ。誰にでも好かれる身長161cmの女性。 まあ、クラスには必ずいる・・・という訳でもないだろうが、絶対に一度は見かけたりするタイプだ。 ちなみに、このかなみとはここの学園に入ってからずっと一緒のクラスで、なぜか知らないがいつも席は近く、席が替わるたびに、またあんたか、といったような顔つきをする。 嫌われている様子も無いので、よしとしているが。 とまあ、そんな説明的説明はいいとして、いつものように席に着いたかなみについさっきまでの事を説明した。 「―という訳で、今日一体何があるのかと考えていた」 そう言って、ちらっ、と山田に目を配る。 山田はまだ、陸に上げられたクラゲ状態になっていた。 いい加減に戻ってきてもいいと思う。 「タカシー、今日は2月14日よ」 「14日?建国記念の日なら11日だぞ?」 「・・・あのねー」 「なんだ?建国記念の日も知らないのか?」 「建国記念日ぐらい知ってるわよっ!そうじゃなくてー・・・」 「いや、ちなみに、"建国記念日"ではないぞ。建国記念の日」 「・・・」 「・・・」 「・・・はぁ。もうちょっと周りを見てみたらどう?」 顔を手で覆って、やたらと疲れたような顔をするかなみ。 「どうした?」 「あんたねぇ、バレンタインも知らないの?」 「あ」 バレンタイン、と言われてようやく気がつく。 そういえば、今日、2月14日はバレンタインデーだった。 確かに、街ではいろいろとキャンペーンやらなにやらで賑わっていたと思う。 「あ、じゃないわよ。・・・もう、乙女にとっては大切な日なんだから」 「いや、存在は知っていた」 ただ、14日と結びついていなかった。 そして、今日の日付も何日だか分からなかった。 「知ってるだけじゃダメでしょうが」 確かに。 「ちゃんと頭に入れておきなさいよね。送る側だって大変なんだから」 かなみは少し強い口調でそういうと、背中を向けて友達のほうへと言ってしまった。 そうか、今日はバレンタインか。 どうりで、クラスの雰囲気が違うと思った。 「―えー、というわけで、この事象はそういった形で語られるようになり以後―」 なるほどなるほど、と先生の話に耳を傾け、ふむふむ、とノートに重要と思われる事を書き取っていく。 この先生はテストに出るところが分かりやすいからありがたい。 そんな事を思っていると、かなみが心持ちイスを後ろに倒してきた。 このモーションはと思い、すこし身を乗り出す。 「なんだ?」 「何言ってるかわかる?」 かなみにしか聞こえないぐらいの声で言うと、かなみも同じぐらいの声量で返してきた。 先生に見つからないように注意する為、視線だけは教壇上から外さないようにする。 今、かなみとの距離は20cmすらない。 柑橘系のいいにおいがするけど、この際不埒な事は一切考えないようにする。 「―えー、彼はこの考え方について異論を持っていたわけですが―」 先生がカツカツ、と黒板に何かを書き始めた。 「何言っているかって?そりゃ日本語だし分かるよ」 「そうじゃなくて、内容の事」 そう言われてから、たしかにそんな当たり前の事聞かないよな、と思った。 「結構興味深いと思うぞ」 話の概要を知っているから、理解しやすい、という事もあるだろうけど、純粋に面白いと思う。 それに、話の間に入る豆知識みたいなのもなかなか興味をそそる。 「私はあんまり分からないな」 「そうか?」 「そうよ。それに、この授業って進学に関係ないでしょ?」 確かに。センター試験や大学の2次試験などではあまり問題にならないだろう。 「それなのに、テストが難しくて難しくて」 かなみは推薦狙いと言っていた。 だから、普通に授業をしていればテストで合格点をもらえるものでも、その上を行かなければならない。 下手に評定平均を落とすわけにはいかないからな。 きっと、かなみは、その事を言っているのだろう。 「出題される範囲が広いからだろ?」 「うん、そう」 「でも、科目が好きだと、出るところが分かるんだよ」 変な志向でも持っていない限りどの先生も、ここを出す、というポイントが確かにあると思う。 そして授業を聞いていれば、さらにポイントを絞り込むことが出来る。 まあ、山張りのようなものだから、失敗したときのダメージは大きいけども。 「なんとなくだけど」 「じゃあ、後で教えてよ」 かなみはさらっと言った。 どうしようか。人に教えるのは苦手なんだけども。 んー、と数秒考えてみる。 かなみの進学がかかっている訳か。 「・・・山を張れそうなポイントぐらいなら」 「そう、・・・・・・その、ありがとね」 かなみは、いつもの姿勢へと戻る際に、少しだけこっちを向き、そう言った。 キーンコーンカーンコーンー♪キーン・・・・・・♪ ようやく昼休みになった。 きっと俺を含めこの学校の皆にとってかけがえの無いひと時に違いない。 それにしても、やはり古文の授業は理解に苦しむ。そして眠くなる科目のベストオブだな。 そんな事を考えながら、教科書やらを机の中へ片付ける。 「かなみー、茶道室いこ!」 「あ、うん、分かった」 目の前ではそんな会話が交わされていた。 そして、ぱたぱた、と小走り気味にかなみが教室を後にする。 女子の一部はいつも茶道室で昼食を取っているらしい。 まあ、確かに教室よりは落ち着けるだろう。 「ふわぁぁ〜・・・・・・あ」 気がつくと、大きな口をあけて欠伸をしていた。 あわてて口をふさぐ。誰かに見られてないだろうな。 きょろきょろ、と周りを見回してみて、とりあえず問題がなさそうなのを確認し、ふぅ、と息をつく。 「タカシ、今日は弁当か?」 「うわ!」 背後から急に声をかけられて、思わず変な声が出た。 「うわ、じゃないっての」 後ろを振り向くと、山田が少しあきれたように突っ立っていた。 さっき見たときには誰もいなかったはずだぞ。 「んで?弁当?」 「あ、今日?弁当だぞ」 「む。・・・・・・じゃあ、売店まで付き合え」 じゃあ、って何だろう、じゃあって。 だったら聞くなと言いたい。 山田と売店までの廊下を歩く。 「お前とかなみちゃんって、仲いいよな」 「そうか?」 「授業のときいつも、ひそひそと話してるじゃないか」 そう言われて、先のかなみとの会話を思い出す。 「ああ、あれか?どちらかというとビジネスの話って感じだし、かなみが仲いいのは俺だけじゃないだろう?」 かなみはクラスでも人気者だ。誰とでも仲良くできるし、昼時は今日のように、茶道室に行ったり、みんなで食堂で食べたりしている。 授業の合間だって、かなみの回りには常に誰かいる。 だから、俺が口を挟めるような隙はほとんど無い。まあ、それでも、話が出来るときはいろいろと話をしたりはするけれど。 「何言ってんだか。かなみー、タカシー、って呼び捨てにしてるくらい仲いいだろうが」 そういうものなのか? 「で、タカシよ」 昼、ちょうど俺が昼食を食べ終わるかといった頃、一足先に焼きそばパン、コロッケパン、ソーセージパン、プラスカフェオレを食べ終えた山田がそう切り出してきた。 「ん?」 「今年は何個ぐらいを予定している?」 「なんのこった?」 「チョコだよ、チョコレートだよ!ちなみに50円以下のチョコは含まないでな。お情けでもらっても嬉かないし」 というか、朝のあの状態になるほどこの話題がいやなはずなのに、なぜ話を振る? 「どうだろう?」 「ちなみに、俺は0個になるのを期待している」 「それはいつものことだろ?」 「違う!違う!俺のことじゃないっ!Taka-shiがもらうChocolateの数を言っているんだ!」 オーバーな身振りを付け加え、タカシとチョコレートのところだけ英語っぽい発音をする山田。 「唾飛ばすな。俺がもらえないのを期待するな」 「タカシもあれか?チョコレイトもらいすぎて困るわぁ、っていうタイプか?それとも、ホワイトデーがめんどい!とかいうタイプか!?ちなみに俺は義理すらもらったこと無いから別にどっちでもないがね!!がっはっは!!ちっ、チョコレートブルジョアジーどもめ!」 聞いちゃいねぇ、この男。 「しょうがねぇなあ、ほれ、これやるよ」 そう言って、かばんの中から緊急栄養補給用のチョコレートを取り出して、山田に手渡す。 遅刻しそうで朝飯とか取れなかったときとか、体育で疲弊したとき食べる為に、いつもかばんの中に入っているチョコだ。 この前近くのスーパーで安売りしていたから、箱買いしたやつで、10個入って760円だった。安い安い。 「って、板チョコじゃねぇか!」 「そうだぞ。チョコレートの定番だぞ。美味しいぞ」 「味はどうでもいい!ただ!男から貰っても嬉しくないわいっ!」 分からなくは無いが。 「なんだ、いらんのか?」 「いや、貰う!」 ちなみにその後、昼休み中にクラスの女の子から3つほどチョコレートを頂いた。 同じ委員会、同じ部、かなみの友達、とどの子もよく話をする間柄だ。義理とは言わなかったが、おそらく義理でまちがいはないであろう。 山田は、俺がチョコを貰うたびに遠くのほうから殺気に近いような視線をこっちに送り、その後泣きそうな顔をして机に突っ伏す、という行為を繰り返していた。 山田、お前もいつかは報われるだろう、きっと。 そういえば、かなみはチョコをくれるだろうか。 放課後、担任に呼ばれていたので、職員室に顔を出した。 石油ファンヒーターがガンガン炊かれている職員室の中で、明日配る自習のプリントの事について説明を受けた後、先生たちと下らない雑談を交わし、体が暖かさで満たされた頃を見計らい職員室を後にした。 「といっても、もう熱が逃げてしまった」 2月の半ばといっても、まだまだ冬。息が真っ白に染まり、空気が肌を刺す季節だ。 さらに北国ときたものだから、2階の職員室から昇降口に着く前に、職員室で取り込んだはずの熱が全部逃げてしまう。 寒い寒い思いながら、靴を履き替えて、校舎を後にする。 これだったら、日が沈む前に学校を後にしたほうが吉だっただろう。 「タカシ!」 昇降口を出たとたん、そう声がかかった。 「ん?」 振り返ると、昇降口前から、かなみがたったっ、と近づいてくる。 「かなみか。どうした?」 「ん?ちょっとね。今日は、もう家に帰るの?」 「ああ。今日は寄り道しないで帰ろうと思っていたけど。なんか冷えてきそうだし。かなみは?」 「うん。私もこれから帰ろうと思ってたところ」 「一緒に帰る?」 そう言うと、かなみはいつものように俺の隣につく。 少し歩き出して、ふと隣をみると、かなみの頬がいつもより赤く染まっている事に気がついた。 どうやらしばらくの間、外にいたらしい。 「なんでまた外にいたんだよ?」 「べ、別に。風に当たりたかっただけ」 かなみはこちらに視線を向けることなく、そう言った。 「そうかい」 かなみと県道沿いの脇道を取り留めの無い話をして歩く。 クラスメイトの話、部活の友達の話、先生の変な趣味の事などだ。 でも、今日という日にもかかわらず、チョコの話は意図的に避けていた。 一つ、「チョコは無いの?」と聞ければいいのに。 そうこうしているうちに、かなみの家についてしまう。 「また明日な」 「その、・・・・・・」 「どうした?」 「ううん、また明日!」 かなみはそう言って、玄関先で軽く手を振ると家の中へと消えていった。 これで、俺のかなみを家に送り届ける、という任務は終了した訳だ。 あとは帰って、コタツでみかんでも食うか。 「さてと、帰ろ帰ろー」 寒くてたまらん。 ・・・ ・・・・・・ ・・・・・・・・・ 「・・・はぁ」 足を10歩ほど進めた所で、なぜかため息が出た。 なんだかなぁ。 いや、なぜか、では無い。 自分で、なんでため息が出るかぐらい分かっている。 14日という今日は、世間で言うバレンタインだ。 実際、3個もチョコを貰えたし、別に不満があるわけでもない。 でも、かなみからチョコを貰えなかったのは、意外だった。 去年は「義理だから!」と明言されて渡されたものだったが、それはそれで、嬉しかったし、今年もくれるかなぁ、と思ったらそうじゃなかった。 まあ確かに、かなみ言われるまで、今日がバレンタインと言う事に気がついていなかったのは悪いとしよう。 でもなぁ、友チョコという言葉があるこのご時勢に、その友チョコすらもらえない俺は一体なんなのだろう? ついにかなみにとっての、”義理”の存在からも転落してしまったのか? かなみの手作りチョコは美味しかったし、それにかなみの事も・・・ 「いや、なんでもない」 ま、忘れよう。 たかがバレンタインだ。 それに、義理とはいえ、綺麗にラッピングされたチョコ貰ったし、コーヒーでも飲みながら頂きますか。 「うー、寒っ」 ひゅぅ、と冬の風があたりを通り抜ける。 ふと、空を見上げると、雲ひとつ無い空に満月から少しかけた月が浮かんでいた。 放射冷却で冷えるだろうなぁ、今晩は。 夕食も食べ終え、居間のソファーで横になっていると、ピンポーン、とインターホンがなった。 出てくれる?との親に言われて、玄関に出る。 「はいはーい」 今の時間に来客とは珍しい。どちらさんだろうか。 親父は今、風呂に入っているから、仕事関係だと待ってもらう必要があるぞ。 そんな事を思いながら、ガチャッ、とドアを開けると、そこにいたのはなんと、かなみだった。 「か、かなみ!?」 「こんばんは」 意外もいいところだ。まさかかなみがやってくるとは・・・ 「またこんな時間にどうした?宿題か?なら教えてやらんぞ?」 「違うわよっ!・・・・・・これ、渡しに来たの」 かなみは少しぶっきらぼうにそう言うと、俺に両手を出させて、その上に白い紙袋を乗せた。 ちょっとした重量感が両手にかかる。 これは?という顔でかなみを見る。 「ケーキよ。その、ケーキぐらい女なら焼けないと、と思ったから、その試作品」 「え?かなみが作ったの?」 紙袋の中を覗き込んでみる。 もちろん、ケースの中に入っているようで、外からは様子を見る事はできない。 でも、きっと料理好きなかなみが作ったものだ。出来はいいに違いない。 「もちろん。私特製!ありがたく思いなさいよ!」 「ああ、わざわざありがとな。・・・っと、上がってくか?お茶ぐらいなら出せるぞ」 そう言って、上がるのに邪魔にならないよう体を少し引いたが、かなみは顔を横に振った。 「ほら、時間が時間だし。お邪魔しても悪いから」 遠慮するなど、なんてかなみらしくない。 「遠慮しなく―」 と言いかけたところで、少し考えた。 かなみを家に上げたら、さぞ向こうのご両親が心配するに違いない。 愛娘が知らない男のところに行って、予定の時間より遅れて帰ってくるのだ。 それに、時間が時間という事もある。 「―あ、いいや、一人で来たんだろ?送ってくか?」 「いいよ、そんな遠くもないし」 かなみは胸元で小さく手を振って、否定した。 「そうか?」 「うん」 そんなに大きな街ではないとはいえ、何があるか分からないぞ。 「・・・」 「・・・・・・その、今日渡す事になったのはたまたまだからね!たとえ、バレンタインのだったとしても、義理だから!」 「分かってるよ。義理だろ」 熱心に否定するかなみの姿に、思わず苦笑いを浮かべてしまう。 ようは、義理ってことだ。 「絶対に本命なんかじゃないから!その義理・・・・・・」 そう言ったところで、かなみは急に俯き黙り込んでしまった。 「どうした?」 「ごめんなさい・・・その・・・」 「何がだよ?義理なのは分かったって」 ははは、と半ば乾いたような笑いがでた。 「・・・・・・違うの」 「・・・」 「・・・・・・・・」 冗談なんか言えないような空気が流れる。 かなみは俯いたままで、全く表情が読めない。 「・・・その・・・さっきのは嘘」 「嘘って?」 「・・・あのね・・・」 かなみがゆっくりと顔を上げる。 瞳が見た事無いぐらい揺らいでいた。 「・・・」 「・・・義理なんかじゃないからね。気持ちこめて作ったから・・・試作品なんかじゃないから・・・私、タカシの事好きだからっ・・・!私の事嫌いにならないでね・・・・・・・・・うぅ・・・うっ」 かなみはそう言うと、ぼろぼろと泣き出してしまった。 涙の雫が玄関のコンクリートにぽたぽたとシミを作る。 慌てて手に乗っかったままの紙袋を足元に置いてかなみに駆け寄る。 「お、おい。どうした?嫌いになるって・・・いつそんな事言ったよ?」 かなみは俯いていて、まったく表情が分からない。 そして、女の子に泣かれた俺は一体何をどうすればいいのか全く分からない。 それでも、無意識のうちに手がかなみの肩に伸びていた。 でも、かなみはその手をするりと抜けて、あろうことか胸に抱きついてきた。 着ている服の胸元をぎゅっとつかまれる。 お、おい、かなみ・・・ 「・・・・・・やっと言えた・・・やっと言えた・・・・・・好きって・・・」 10分ぐらい経って、かなみはようやく泣き止んだ。 服をずっと握っていた手を離し、俺から少し離れる。 「その・・・ごめんね・・・・・・変な事言って」 かなみは俯き加減でそう言った。 前髪の合間から見える瞼が赤く腫れている。 「いや、別にそんな事・・・」 もうちょっと気の利いたこと言えればいいのに、と思う。 かなみが泣いていたときも、何をすればいいのか、何を話せばいいのか分からず、ただかなみの肩に手を乗せていただけだった。 自分の不甲斐無さが恨めしい。 「・・・急に言われても困るよね」 別に困ってなんかいない。 好きって言ってくれて、本当に嬉しい。 ただ、あまりに予想外で、全く頭が回っていない。 あの、皆に好かれるかなみが、俺に好意を寄せてくれるなんて、にわかに信じがたい。 席が近いから、暇つぶしに構ってくれているんだろう、程度にしか考えていなかったから。 「明日は・・・」 かなみは顔を上げると、片手で前髪を掻き分けて、いつもの笑顔を浮かべた。 ただ、どことなく違和感を覚えるのは、赤く腫れた瞼のせいだろうか。 「・・・明日は、普通に会おうね。その、ごめんね、出しゃばっちゃって。やっぱりクラスメイトでいたほうがいいよ」 「それって、どういう・・・」 「ごめんね・・・!」 どういう意味?と言い切る前に、かなみはそう言って、呼び止める間もなく玄関から出て行ってしまった。 一瞬だけ冬の風が吹き込み、ガチャン、と音を立てて玄関が閉まる。 「あ、・・・・・・えっと」 俺は、次にどんな行動をすればいいのか分からず、寒さが少しだけ身にしみる玄関で、ただ再び立ち尽くすしかなかった。 ・・・ ・・・・・・ 「・・・あー、お兄ちゃん、やっちゃったー」 「追いかけてやらんのか」 「しっ!覗き見なんてしないの!」 「人の事言えないでしょうに」 「・・・・・・」 日があけて、翌日。 俺はかなみの家から少し離れた場所で、彼女が現れるのを待っていた。 あたりから、チュンチュン、とスズメの鳴き声が聞こえてくる。 冬を越す為にまるく肥えたスズメは、公園の敷地内を元気に跳ね回って餌探しをしていた。 はぁ、と息を吐き出して空を見上げる。 空の所々には、薄い雲がいくつか浮かんでいて、冬風に押されて早めに流れていく。 いくら天気がよくても、今は冬だ。 空気が肌を刺し、白く息を染めて、おまけに指先まで冷たくする。 特に、朝方の今の時間はそれなりにくるものがある。 「・・・・・・」 腕時計を見ると、もうそろそろ待ち始めて、15分が経とうとしていた。 かなみはまだ現れない。 少し家を出るのが早かったのかもしれない。 昨日、かなみに、好き、と言われて、すごく嬉しかった。 そう、嬉しかった。 だから、俺もかなみに伝えなくてはならない。 「・・・・・・あ」 そうこうしているうちに、ガチャン、とドアが開く音がして、かなみが顔を出した。 いつものような感じで、学校に向かって歩いていく。 昨日の夜に見せたような、弱さは全く見えない。 よし、と自分に活を入れてから、かなみに走りよって、隣についた。 「おはよう、かなみ」 「た、タカシ」 声をかけると、かなみは驚いたような表情をした。 「めずらしいんじゃない?この時間に登校するなんて」 かなみに合わせたわけだから、5分そこそこ遅い事には違いない。 たいした違いではないとは思うのだけれど。 でも、今日はそんな事はどうでもいい。 ずっと言おうと思っていた事を切り出す。 「かなみに言っておこうと思って。・・・・・・昨日の事で」 「・・・」 「・・・」 「き、昨日の事?」 微妙な間の後、かなみそう言った。 少しばかり、かなみの頬が引きつったような気がする。 「ああ、昨日かなみが―」 「あ!チョコレートの事?どう?美味しかった?今後の為にも感想聞かせてもらえるとうれしいな」 かなみは、こっちの台詞を無理やり止めて、矢継ぎ早にそう言った。 話をそらそうとしているのが、あからさまに分かってしまう。 「その事じゃない」 「あ、でもちょっとビターすぎたかも。甘いほうがよかった?タカシ、ってビターって感じがするんだよね、なんとなく」 かなみは、ははは、と笑った。 いつもの笑顔なのだけれど、なぜか痛々しく感じてしまう。 「話そらすなよ」 「・・・そらしてなんかない」 「聞いて欲しいんだ」 俺がそう言うと、かなみは歩くのを止めて、俯いてしまった。 「・・・やだ・・・やだ聞きたくない。・・・聞きたくないよ、そんなの」 涙がぽろぽろとこぼれるのが見える。 また、また、泣かせてしまった。 「いや、いやだよ。何度も振られるなんて・・・」 「かなみ・・・」 もう、泣かせたくなかった。しかも、勘違いなんかで。 だから、気がつくと、かなみを抱きしめていた。 「た・・・タカシ?」 かなみの表情は見えないけれど、その声色から、きっと驚いているのだろうと思った。 通学、通勤ラッシュの道で、女の子を抱きしめているのだ。 視界に、近所のおばさんや、通学途中の生徒などが入ってくるが、この際そんな事はどうでもいい。些細な事だ。 次に言う言葉を想像すると、周りに意識など向けていられない。 「かなみ、好きだ」 かなみの耳元でささやく。 1年以上秘めてきた想いを。 「だから、昨日、本気で好きって言ってくれたなら、そんなに泣かないでほしい」 「た、タカシぃ」 かなみはそう言って俺の背中に腕を回すと、再び、ぐすぐす、と泣き始めてしまった。 「お、おい、泣くなよ」 「うん、ごめんね。ごめんね。私も、・・・私も好きだから」 それから、かなみと正式に付き合うことになった。 でも、クラスのみんなにはまだ内緒にしている。 そのうちにばれてしまうのは目に見えているけれど、少し落ち着くまで待っていよう、とかなみと話し合って決めた。 かなみに無理をしてまで友達との時間を割いてまで時間を作らなくていい、とも言ってある。 だから、あまり二人きりになる時間は無いけれど、それでも、たまには一緒にデートなんかしたりして、それなりに恋人気分を味わっている。 あと、かなみが玄関先で告白してくれた時、どうやら俺の両親と妹は一部始終、いや、終始観察していたらしく、 かなみが家に遊びに来るたび、いつもにやにやとした笑みを浮かべて、俺とかなみを突っつく。 勘弁してほしいけれど、そんなやり取りも悪くは無いな、思っている自分がいる。 END ―――――――――――― 後書き 久しぶりの超難産作品でした。 主人公タカシがあまりいろいろと主張しないタイプだったので、そこが辛かった。 ちなみに、主人公たちには以下の設定があります。 タカシは、かなみの事が好きだが、友達としての関係を壊したくないと思っている。 かなみは、友達にタカシが好きな事が、ばれており、つも「素直にならないと、嫌われちゃうよ?」言われている。 休み時間中には、 かな友「ねぇねぇ、タカシ君にチョコあげるんでしょ?」 かなみ「な、なんであんな奴にあげなくちゃならないのよっ!」 かな友「はぁ」 かなみ「な、なによっ、わ、私は杉並先輩みたいな人のほうがタイプなんだからっ!タカシには興味ないの!」 かな友「またそんな事言って、嫌われても知らないよ」 というやり取りがあった。 あと、かなみが放課後、昇降口の外でタカシのところを待っていますが、 これは、かなみがタカシに渡す予定のケーキは学校に持ってくる事が難しい為、 一緒に帰り、家の前でタカシに渡す、と計画していたからです。 ですが、かなみは最後の最後で、勇気が出ず頓挫してしまいました。 最後に、かなみがタカシ宅に押し入った経緯ですが、これはかなみがタカシにケーキを渡しそびれた後、 母親や、クラスの友達などに、「何やってるの?素直になったらいいじゃない!」とはっぱをかけられたからです。 んで、かなみが「本命なんかじゃなから、義理・・・」のところでいい止めたのは、言われたセリフを思い出したから。 なんか、主人公視点の限界を感じました、はい。