SS Vol8 シチュエーション 「勝美とかなみ姉。そして年明け」 12月31日というのは、まあ、一年の締めの日である。 だからかもしれないが、いろいろと羽目をはずしちゃう奴がいる訳だ。 「いやーかなみちゃんも可愛くなったよな!」 「お!?なんだ水沢!?うちの娘に手だすつもりかっ!?」 「何言ってんだよ!こんな可愛い娘がいたら、酔いも回るってもんよ!?」 「「にゃはははは!」」 という感じでな。 ちなみに、騒いでいるのは俺ではないぞ。 俺の親父 水沢正樹(まさき)と、かなみ姉の父親である直文(なおふみ)さんだ。 全く、騒々しいといったらありゃしない。 「・・・・・・」 はぁ、と無意識のうちにため息が出た。 いつからかは知らないけれど、俺の親父と、直文さんはとても仲が良く、年越しはいつも両家が集まり過ごすことが習慣になっている。 まあ、年越しだけでなく、急に集まることも多いんだけどな。 ちなみに今回は、俺の家での開催だ。 「・・・・・・」 しかし、それにしたって騒がしい。 いつも以上に騒がしい。 「ぐわはははは!」 何でここまで騒がしいのかといえば、かなみ姉が今年二十歳を迎えて、一緒にお酒を飲めるようになったからだろう。 ましてや、かなみ姉は俺から見ても結構な美人だ。 そんな若いお姉ちゃんの酔った姿を見つつ、酌をしてもらい飲めるのだから、いつも以上に騒いでしまうということも理解できなくはない。 まあ、暴走しても、親父の隣に座っている俺の母さんがなにか措置を取るから、心配はないだろうけれど。 俺も、なにかあったらラリアットかましてやろうと思う。 「・・・」 「・・・むむむ・・・」 それにしたって、こっちは暇である。 うちの親父と母さん、かなみ姉の両親である千夏さんと直文さん。そしてかなみ姉という、成人グループは向こうのダイニングエリアでアルコールを飲みつつ談笑している訳だけれど、 すっかり蚊帳の外的になってしまった俺と勝美は、テレビを見つつ柿ピーを食って時間を過ごすしかなかった。 俺が座ったソファーのすぐ隣に座っている勝美は、ぴっぴっ、とリモコンをいじりチャンネルを変えている。 変えたチャンネルの中には、紅白やK1などといったメジャーな番組もあったようだが、勝美は気にも留めない。 「面白い番組ねぇんだよなぁ・・・」 勝美は面白くなさそうに呟くと、テレビの電源を落とした。 それと同時に、後ろのほうから、うちの親父と直文さんの笑い声が聞こえてくる。 暇そうな勝美とは裏腹に、向こうは思いっきり楽しんでいるようだ。 「まあ、そんなもんだ」 そう答えつつも、柿ピーがよそられている木皿ごと腕の中にキープ。柿ピーをふもふもと食う。とりあえず食う。 うむうむ、うまい。 「おい、聞いてるのかよ?」 「ああ。一応な」 そう答えるものの、視線は勝美のほうを見ていない。 テレビのほうを見ているわけでもないし、雑誌や本を読んでいるわけでもない。 体をソファーの正面から、マイナス60度ぐらいずらして見ている先は、向こうで親たちと飲んでいるかなみ姉だ。 「・・・・・・・・・」 頬がほどよく赤く染まり、とろんとした目、仕草、それらがなんというか、なんというか。 やばいぞ、非常にやばいぞ。 きっと、こんな状態のかなみ姉を街に出したりなんかしたら、即持ち帰られてしまうだろう。 あまり積極的に断ることが出来ない優しいかなみ姉のことだから、いいように騙されて・・・・・・ ああ!もう想像しただけで腹が立つ! 「・・・・・・」 バリバリボリボリバリバリボリボリボリ と、今までの1.5倍ぐらいのペースでひたすら柿ピーを食っていく。 「おーい、きいてんのか?タカシ?」 そんな勝美の声も聞こえてこない。 かなみ姉が悪の男たちに食べられてしまうと思うと、柿ピーたちを食べずにはいられない。 食う、ひたすら食う。こんでもか、というぐらい食う。 しかし、次の一手があるはずの柿ピーたちに当たらず、空を切った。 「あり?」 思わず、視線を下に下げると、手に持っていたはずの木皿がない。 その代わりに、次の瞬間、頭の中をバシッという音と衝撃波が通り過ぎた。 飲み込みきれていなかった柿ピーが鼻のほうに上がりそうになる。 「ぐっ・・・!」 なんとか、むせこみそうになるのを何とか抑え後ろを振り返ると、木皿を手に持った勝美が呆れたような表情をしていた。 「なにをする」 軽く勝美をにらむ。 「なにをする、じゃねえっての」 勝美は俺のにらみを意に返さずそう言うと、はぁ、とため息をついた。 「あのなぁ、姉貴が美人なのは分かるがよ、見過ぎなんだよ。つーか睨んでたな、絶対」 そして今度はベシッ、と額にデコピンをしてきた。 またもや衝撃波が頭部を駆け抜けていく。 「痛いぞ、勝美」 「つーか、ビデオでも借りに行こうぜ」 「そうだな、行くか」 勝美はマウンテンバイク、俺は普通の自転車で、近くのレンタルビデオショップまで向かう。 真冬の空気が肌を刺す。 空には、綺麗な半月が浮かんでいた。 「寒ぃな、なんとかしろよ、タカシ!」 「無茶を言うな、勝美」 DVDを数枚ほど借り、コンビにで寄り道してから家路に着いた。 勝美は、ロマンティックな恋愛ストーリーとヒューマンドラマを借り、俺はカーアクションと時代劇の映画を借りた。 きっとクラスメイトからすれば、男勝りな勝美が、恋愛ストーリーなんてものに興味を持つなんて想像できないだろう。 勝美は、性格からすると、ボクシングとか、サッカーとかバスケットとかが似合いそうな気がするのだ。 でも、実は勝美が乙女ちっくで、恋愛の話が大好きなのを俺は知っている。 ただいまー、と言い家に戻ってくると、ぎゃーぎゃー騒いでいると思った親父たちの声が全くしなかった。 「やけに静かだな。さてはもう寝たか?」 勝美はそう言うと、一足先にリビングに入っていった。 さては、親父たち酔い潰れて寝てしまったな? 今日のピッチは早すぎだったような気がするし、そうだとすると潰れるのも分かるな。 そんな事を考えつつ、一足遅れてリビングに入ると、キッチンで皿洗いらしきことをする母さんが姿が見えた。 勝美は、ダイニングテーブルの上にコンビニから買ってきたものを出しながら、母さんと話をしている。 「なんだ、やっぱり酔い潰れたのか?」 「そうみたいだな。父さんたち寝てるってさ」 母さんか勝美かどちらかに答えをもらうことを期待して聞くと、勝美が先に答えた。 やはり、そうか。 それにしても、酔い潰れるなんて珍しいな。やはりかなみ姉効果だろうか。 勝美の隣に立って、コンビニ袋から出したペットボトルの飲み物に手をつける。 新しく入っていた、新作の「カロリーゼロ 微炭酸 レンモンティー」とかいうやつだ。 「姉貴に頼んで、酌をいっぱいさせたんだと」 あー、なるほど。きっと、「煩いから、早く潰そう!」とか思ってかなみ姉頼んだんだろ。 今日の騒がしさは異常だったからな。 「・・・・・・?」 それにしても微妙な味だな、この新作。なんか舌に残る。 で、かなみ姉はどうしたんだろ?と、リビングのほうに視線を向けると、ソファーの背中からちょこんと頭が見えていた。 静かにソファーに近づいて、すこし離れたところにそっと腰を下ろす。 するとかなみ姉は、いつもより数段遅いペースでこちらを見ると、にこにこと笑顔を浮かべた。 頬は赤く染まり、目はとろんとして潤んでいる。 色っぽいというのだろうか、なんか、胸がどきどきしてくる。 「かなみ姉、大丈夫か?なんかずいぶん飲まされてたみたいだったけど」 「・・・・・・」 かなみ姉は俺の問いかけには答えず、ぽんぽんと自分の隣あたりを叩いた。 どうやら、もっと近くに寄れ、という事らしい。 少しだけ腰を浮かして、かなみ姉の隣に移る。 いつもとは違うかなみ姉の態度に心臓がばくばく言ってしまう。 どうしたの?という視線とともにかなみ姉を見ると、何の前触れもなしにかなみ姉が胸の辺りに抱きついてきた。 「・・・たかしくん・・・」 背中に腕が回されて、ぎゅー、っと抱きつかれる。 に"ゃ!! 突然の事態に背筋がピンとなった。 「か、かなみ姉・・・・・・」 か、か、かかか、か、かなみ姉の匂いがする・・・! あぁ、もうこれだけで頭がふやけそうだ・・・ いいよな?抱きしめてもいいんだよな?抱き寄せてもいいんだよな? だれに問うわけでもなく頭の中で問い、そっとかなみ姉の背中に腕をまわして、軽く抱き寄せた。 少しだけ、俺の背中に回されたかなみ姉の腕にも力が入る。 「・・・・・・」 「・・・・・・」 なんかもう、幸せです。 言う事が全くない。 年末にかなみ姉に抱きついてもらえるのは俺ぐらいだ!どうだまいったか!かなみ姉を狙うちまたのやろうども!! にゃははははは!どんなもんだ! 「こんの!バカタカシ!!」 そう聞こえた刹那、衝撃波が頭部を貫いた。 そして、ゴスッという音。 後に残るは、頭のぐわんぐわん。 「いでっでで・・・」 かなみ姉から手を離し、首を捻ると、勝美が半球形に凹んだティッシュ箱を持ち、怒りの形相で仁王立ちしていた。 「何をする」 「何をするじゃねえ!何姉貴に手出してんだよ!」 がー、と牙をむく勝美。 それなりの迫力だろうが、長年見ている俺としては大したこと無い。 「何を言う、手を出したんじゃない。かなみ姉が抱きしめてください、と言わんばかりにアプローチしてくるからそれに対応したまでだ」 「屁理屈はいい!」 次の瞬間、ベコリとまたティッシュ箱が凹んだ。 どうすんだよ、そのティッシュ・・・ その後しばらく、かなみ姉は勝美が何を言っても俺の背中から腕を解かなかったが、 俺が耳元で、「また、後でね」とささやくと、するっ、と腕を解き、にっこりと笑みを浮かべた。 アルコール最高!!かなみ姉最高!! まあ、その直後、何をした!と誰かさんにまたティッシュ箱で殴られたわけだが。 だから、どうすんだって、そのティッシュ! まあ、問題はさらにその後だ。 かなみ姉を俺のベットに寝かせ、へそを曲げてしまった、勝美嬢をの機嫌をとる為にそうとう四苦八苦した。 なんで、「人でなし!バカバカバカ!出てけ!ご−かんま!痴漢男!」とまで言われないとならんのだ? まあ、暴れる勝美をなんとかなだめて、 勝美が提案した、「今度、県庁(所在地)に出て、買い物に付き合う(食事費はタカシもち)」という不条理な案でおちついた訳だけれども。 まったく困ったものだ。 そして今、そのさっきまでぎゃーぎゃー騒いでいた勝美嬢は、暴れるのに疲れたか、俺の肩に体を預け、こっくりこっくり、と船をこいでいる。 映画を見て、眠くなってしまったらしい。 「・・・・・・」 俺の借りた、スローテンポの時代劇の映画を見ようと言うからこうなるんだぞ? そう思って勝美をみるが、可愛い表情で眠る姿に何も言えなくなってしまう。 いつもは男勝りで、女らしい行動はなかなかしないが、こうやって見ると女そのものだ。 頭をそっとなでると、「ぅ・・・ん」とすこしだけ身じろぎした。 まあ、映画を見終わるまでこうしててあげるか。 なんか背中から、くすくすといった笑い声と共に、視線を感じるけどな。 今年も一年、ありがと、勝美。 END 筆者後書: テンションに任せて書いた作品です。ライトテンポさを味わってくだされば幸いです。