SS vol1 シチュエーション 「昇降口前で雨宿りしている主人公に、ツンが気がついた場合」 ・・・ ・・・・・・ ・・・ 「雨か〜・・・」 梅雨にでも入ったか? 全く、あの先生め・・・あと1時間早ければ、雨に当る事もなく帰れたと言うのに・・・ 「・・・」 俺とは違い、クラスメイトの皆さんは、夕方から雨が来るというのを知っていたようで、みんなそろってさっさと帰宅したらしい。 テスト期間一週間前で、クラブ活動も出来ないからな。 俺もその事に知ってはいたのだが・・・数学の先生に運悪く捕まってしまった。 『あの、雨降ってるんですが、送ってくれてもいいですよね?』 『何言ってんだ。家まで歩いて10分だろう?・・・雨に濡れて帰れるなんて今のうちだけだぞ』 『というと?』 『雨に濡れて帰れ』 『・・・あー』 「・・・・・・思い出は〜、いつの日も雨〜♪」 『何歌ってるのよ』 斜め後方から、クラスで聞きなれた声がかかった。 若干ドスが聞いているような、トゲがあるような声だ。 「いや、思い出はいつの日も雨だなぁ、と」 振り返りながら、声の主を確認する。 彼女は、振り返った俺の顔を確認すると、いつものように「呆れた」といった表情をした。 『そんなに思い出があるようには思えないんだけど』 「あーあ、言ってはならん事を」 クラスで俺の左斜め隣に君臨する彼女、名前はタカミという。 漢字で書くと、「鷹美」。 まったく名前の通りに育つ奴もいるもんだ。 『大体、なんであなたがココにいる訳?下校時間はとっくに過ぎてるわよ?』 「居たくているんじゃないって。数学の先生に捕まったの」 『なるほどね。学力不足で小言を言われたんだ』 勝手に決めるなっての。 明日、あんたらに配るテスト対策プリントの閉じ方を延々とやってたんだよ。 「ま、そういうことにしておいてくれ」 『ところで、いつまでここにいる気?じきに暗くなるわよ』 「いや、まあ、丁度良く傘を貸してくれる奴はいないかなぁ、と思ってね」 そう言ってから、折り畳み傘を開いている彼女の顔を見つめる。 すると、彼女もその事に気がついたようで・・・ 『私?何言ってるの?あなたなんかに貸す訳ないでしょ?』 と返してきた。 相変わらずの棘っぷりだ。 ま、いつものことか。 『じゃ、私帰るから』 タカミはそう言うと、俺を残して、雨の中の校庭を歩き出した。 「・・・」 ちらっと腕時計を見る。 時刻は・・・6時になるところ。 もうそろそろ帰らないといろいろ問題があるな。 「しゃーないか」 そう言って、俺はタカミの後を追った。 雨、結構強い・・・ 雨にかすむタカミの傘が大きく見えてきたところで、ゆっくり減速して、さり気なく隣にならんだ。 「よお」 白々しく声をかける。 『え?』 するとタカミは珍しく驚いた顔をしたけれど、一瞬で顔を引き締めると、 またいつものように、呆れたような表情をした。 『こんな雨の中帰るつもりなの?』 「いや、だって、他に手はないし」 他の奴にタカってもよかったけれど、あいにく学校内は閑散としていて生徒がいる気配は無い。 ましてや、うちのクラスの連中がいることは全く無いだろう。 俺が出たのが一番最後だったし。 『呆れるわね』 「まあ、いつまであそこに突っ立ってても時間が無駄だからな」 もうすでに20分以上突っ立っていたけれど、人気も無ければ話し相手もいない。 「早く帰ったほうがいいと思ってね」 『あなたにしては随分前向きね』 「何言ってんだ。俺はいつでも前向きだぜ」 そう言ってから、額を伝い落ちる水を手で払った。 「雨に濡れて帰るのもたまにはいいさ」 『どうでもいいけど、来週テストなのよ?風邪でもひいたらどうするつもりよ』 「こんなので風邪引くと思うのか?この俺が」 『この前、ひいてたじゃない。夏風邪引くなんて、ほんとバカなんだから』 まあ、たしかにひいてた。 「悪かったな、バカで」 『・・・』 視線を前に移し、道路に浮かぶ車のテールランプを見る。 意識を飛ばそうと思ったけれど、体に張り付く服の感触が妙にリアルで、逃避できない。 『・・・・・・・・・』 「?」 視線を感じて横を見ると、タカミがこっちを見ていた。 「・・・どうした?」 あわてたように視線を外される。 『別に』 ぶっきらぼうな表情で言われた。 「そう?」 視線を前に移す。だが、本格的に目に水が入りだして、よく前が見えん。 手で水を拭う。 「・・・変わらねー・・・」 『・・・』 「・・・」 『・・・・・・入れば?』 「え?」 隣を再び見ると、タカミが傘を少しこちらに傾けていた。 顔が無表情なのは、いつもと変わらない。 あまりに不思議で、顔をのぞきこむ様に見ると、キッ、と睨まれた。 こわっ。 『別に入りたくなきゃ、それでいいんだけどね。私、あなたが風邪引いたってどうでもいいし』 「いや、・・・」 意外だなぁ、と喉元まで出かけたけれど、あわてて飲み込んだ。 いつも、突っかかってばっかりいるタカミが、ねぇ。 「あ、じゃあ、ありがたく」 体をタカミに寄せる。 もともと、緊急用の傘だ。只でさえ小さい傘なのに、2人で入るなんて無謀もいいところ。 男の俺の体は半分しかはいらない。 すぐ隣にタカミの顔があり、ちょっとドキッとした。 それになんか、いい匂いがする。 『ちょっと、あんまり寄らないでよ』 「あぁ・・・スマン」 ちょっと体を離す。 結果、あまり傘の意味を成さない。 『それじゃあ、傘貸している意味無いじゃないの』 どっちなんだよ。 そうこうしているうちに、俺の家の前についた。 「今日はどうもな。助かったよ」 『ふん。そのなりでよく言えるわね』 たしかに、傘を借りる前からすでに7割濡れてたからな。 傘をかしてもらったおかげで、10割濡れなかっただけの話。 「いいから、素直に取れよ。感謝してんだから」 『そ、そう。じゃ、また明日ね。遅刻しないでよね』 「はいはい、じゃあな」 俺は、雨の中にタカミの姿が見えなくなるまで、玄関前にいた。 END